童話に学ぶ「集団」の危険

童話に学ぶ「集団」の危険

力の論理のことを言うと思ったのか?

こんにちは、悪「満」族のとも提督です。 さて、集団という言葉を美化する人は多いです。
オレは最近、集団というものの怖さを久々に身を以て経験しました。
どんな集団であっても集合して酒を入れたら、猿山となんら変わらなかった。

何故だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?

意識の話をする!・・・とでも思ったのか?

個人個人のモラルがないから、と普通なら間違いなくそう反応するやろね(^◇^;)
馬鹿め!と言って差し上げますわ!・・・と、ウチの高雄が言ってますw
イナゴも一匹では大した脅威でなくても集団になると農作物に甚大な被害を与えるんです。

集団になれば力が集まる分、危険度が上がります。

意識の話をしない・・・とでも思ったのか?

そして、散々あおっておきながら意識の話もしっかりとしますw
大きな力の構成員になると気が大きくなり、そして傍若無人度が増すんですよね。
童話・スイミーなどは特に集団の力というものをよく描いてます。
そこに種族や人種、職業や収入の差はない。黒い魚と赤い魚が手をとり合うようにモラルがあったとしても集団というものの中に埋没して意味をなさなくなるためです。

傍若無人化度+力×人数-(人格者度-人格者度)=危険度

集団とは時として暴力的になるというのを公式で表してみました。できるだけ群れずに、集まる時は理性を保てる程度の数で集まるのが自分を磨く上で大事なことになります(*^^*)

集団の良さっというのはわかっているけど、これもまた性分。取り扱うものの危険度を熟知しておくというのは危機管理上大切なんですね。

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