量産型ザク!日本の社会人・日本の学生

量産型はやられメカ。それ以上でもそれ以下でもない。

それを何とか打開することもまたぼくがブログを始めた理由です。

量産型を続けることについてはみんないいことだといいますが、一体どこに問題があるのでしょう?

考えない量産型社会人と量産型学生

量産型であることを受け入れれば考えずに済む。

いいガッコからいい会社なんて時代遅れといっておきながら体はしっかりと前時代的だと言い切った「いいガッコ→いい会社」を目指すように動いています。

何も考えていない証拠です。

狂気じみてると思えるくらいみんな「右へ倣え」しています。
天地がひっくり返っても「ザクとは違うのだよ!」なんてセリフは飛び出してこなさそうです。

それどころか一人だけグフになんて乗ってるような状況だと「ザクに乗り変えろ」とか「違法改造乙www」とか言われそうな環境ですね。

類似例>量産型たち:「好きなことして生きていく」

「好きなことして生きていく」

この有名なコピーに感化された人間はとても多いです。

ところがどっこい、感化されるだけに止まらずに何か始めた人間は雀の涙ほどしかいません。

量産型には考える能力が封じられているため、呪文を唱えるだけで何も起こせません。
そのまま言葉や呪文の内容とは裏腹に「好きでもないこと」に埋没していきます。

量産型の言行一致率が殺人的に低いのは考える力を封じられ、理不尽に耐えるための刷り込みが施されています。

そうとすら気づかせない量産工場の狡猾なシステムと運用者の薄ら笑いが透けて見える心地です。

 

みんないっしょ。普通(=量産型)になあれ

量産機に施された「量産機以外は異常」と検知する悪魔のプログラム

大多数の人は誰かがみんなと違うことをしようとすると「違うな、間違ってるぞ!!」と叩きはじめ、出ている芽ももののついでに刈り取ろうとします。

そいつはルルーシュみたいに頭のキレるヤツじゃありません。

金太郎飴みたいに没個性的でさえないタイプで、「自分が上手いこといかないのは世の中のせいだー」とか叫んで一生を終えるようなつまらないカスです。

多くの人たちがそうする理由は一つ。
みんなと同じでないと安心できないし、周りが量産型じゃなくなるのが不安なんですよ。

量産型は考えません。

そのため、隣の芝の青さに不満を漏らすだけという消耗的な日々を過ごし、人材価値が落ちていくことへの足掻きのつもりで他人の足を引っ張ることしかできなくなります。

あえて言おう、アンタがさえないのもパッとしないのも「みんなと同じ」であることを強要するような煙たくて暑苦しいカスだからだと!!

【量産型を卒業!】真っ赤なザクになり、NT専用機へ駆け上がれ!

みんなを出し抜いてでもいい思いをしたいなら量産型というカテゴリから脱出しよう。

まず、いきなりジオングみたいなあからさまに抜きんでて差別化されたような存在になれ、というのは少々酷な注文でしょう。

まずは、赤くなって「ちょっと違う程度」くらいに変わることから始めませんか。

ちなみにシャアザクは機体性能が引き上げられた特別機ですがそれでも性能差そのものはわずか1.3倍。

シャアが乗り込むことによってはじめて通常ザクの3倍スピードを実現するというのが真相なんですがね。

その他の有象無象より30%分抜きんでるくらいなら少し工夫してやれば何とか実現できそうって思いませんか?

確かに、ぶっ潰し隊的なうだつの上がらない人間の集団は厄介ですが、かと言って耳を貸す必要も屈する必要もありません。

生産性を下げるようなことをして、自分から生産行動と脳の機能を放棄した奴らの方が職務怠慢であり、悪なのです。

 

量産型就活女子という異様な光景

ザク(ジム)系量産型女子・・・ナニソレコワイ

だって、全員がまるで闇の量産工場か何かで作られたんじゃね?ってほどみわけがつかないんですよ。みんな違う人のはずなのに。

かなり近くまで近づかないと気色悪いくらい同じにしか見えないんです。

同じようなリクルートスーツ。同じような化粧。同じような髪形。

そんなのがゴンズイ玉やヒアリの隊列のようにかたまっているのです。

大学では〇〇さんって呼ばれてるかもしれないし、独自のニックネームがあるのかもしれません。

しかし、5,6人も固まりだせばあっという間に典型的な点景になってしまうのです。
番号で呼びたくなるような、ね。

詰まるところ、日本企業が欲しいのは個性でもリーダーシップでも新しい風でもないんです。

老害が望むようにただ迎合して、言うことだけやってくれて、いびりがいのある存在であればいい

セクハラしても文句の一つも言わずに壊れるまで耐え、泣き寝入りしてくれる都合のいい使い捨ての人夫(女子)が欲しいだけなんです。

 

おわりに

金融的であろうとなかろうと「資産」を磨け!量産型のみんなにはない機能を備えろ!

2010年代の今でも高度成長期と変わり映えしないくらい学歴偏重と資格万能説が労働万能説とセットで叫ばれています。

韓国でも資格万能説が叫ばれて時期に10年を迎えますが、海外といえどもその万能説は証明されずじまいです。

人の財布から金を抜きとるだけの万能説すらあるということがわかります。
資格ビジネス界に取って今の状況が美味しいこともまた。

それでも考えることをやめて現状にしがみつくために他の量産型と一緒になって労働万能説を盲信したらどうなるでしょう?

背後に移民とロボットの存在におびえながらロボット的労働に消耗させられ、置き換えられるのを待つだけの日々を過ごすことになります。

もはや、次の一手を今打っておかない人たちの群れにいて、みんなで「会社で働くことがすべてだ!」とか言ってると今に足元をすくわれます。

今から金太郎飴とか量産型ザクはさっさと卒業して、そこら辺の鈍い人間と差をつけておきましょう!
すぽんさーどりんく


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