なぜ、機嫌よく過ごす必要があるのか。

なぜ、機嫌よく過ごす必要があるのか。

自分のご機嫌くらい自分で取れるようになった方がいい。

 

怒るのは誰得

怒って叱る難しさを知らない日本人があまりにバカすぎる件について

例えば怒りに燃えて赤ちょうちんのおやじ相手に管を巻いたとしよう。

結論から先に言うと、自分の心身を無駄に痛めつけ、おやじの心労を無駄に抱えるだけで終わる。

怒りの声も気持ちもおやじさんには伝わったとしても、そんな世の中を作った張本人たちには1ナノグラムも届かないのだから、変わってほしい部分が変わらなくて当然です。

完全に沈黙すれば運搬にひと苦労するし、沈黙直前の状態にはろくに呂律も回ってないからもはや日本語でおk状態。

話す方なんて大量の時間を灰にすることになるわ、オヤジは途中から理解してくれなくなってくるわ、肝臓に負荷がかかるわといった具合で散々なのです。

その上、オヤジからは「カウンセリング料をせしめてやりたいわ」とさえ思ってしまうのだから余計に救われない。

まとめ
怒るという手法は対症療法の域を出ないコスパの悪いやり方。
下手をすれば発散すべきストレスが倍返しに・・・

怒ることが美化される背景・ストレス社会

それが正しい怒りであろうとも徒労では救いがなさすぎること、理解してます?

日本は世界有数のストレス社会であり、自殺大国です。

こんな美徳を守ることを奨励され、外れると人が変わった人だらけな環境ですから仕方のない側面はありましょう。

誰かを怒鳴りつけたりしないと精神の均衡を保てない人がいるのは別に不思議なことではありません。

もっと極端な言い方をすれば、正しさの有無にかかわらず怒鳴り散らすことを美化しないとやってられない病的な環境が現代日本なのです。

例えばデモなんかもいい例です。

合理的に物事を処理できる頭があれば、あんな実効性のない方法に何度も何度も頼るなんて馬鹿げていると思うのが自然でしょう。

ところが不思議なことに、多くの人はどうもデモという手段に縋りつかなければならないらしい。

対症療法に万能を求める人だらけだという証左ではなかろうか、とぼくは見ているのです。

対症療法に依存すれば依存するほど根本解決から遠のく

対症療法とは結局のところ一時的なはけ口でしかなく、原因が死なないので、同じ症状に何度も何度も悩まされるものです。

その上たちが悪いのは一時的に症状が緩和するので、「酒を煽ればいい」「部下や荒廃をどやしつければいい」「パチンコで勝てばいい」「デモをすればいい」「もっと強い薬物を摂取すればいい」という具合に依存を深めていく点ですね。

そうなると、目の前の症状を抑えることにしか意識が向かなくなり、いつの間にか自分を苦しめているのが何者であるのかがわからなくなる。

その結果が怒鳴ることをはじめ、アルコールやら薬物、パチンコに依存するという結果を導き出します。
それも病的に。

世の中で奨励されていようとぼく個人としては怒ることをオススメしたくはないし、ぼく自身怒りたくはないのです。

まとめ
怒ることは麻薬と同じ。
依存してしまえば「なぜ怒っているのか」すらわからなくなり、逃げ場のない袋小路に追い込まれることになる
 

いつも怒ってる35のお局さんを抱きたいと思う?

わざわざ活性酸素を買う気が起きるとしたらその男は自殺志願者かそういう性癖の持ち主なんだろうね

人間はストレスを受けると、活性酸素に侵され、肉体が錆びつきます。

肌で言えば、老朽化した細胞の塊が古い角質みたいに「汚れ」となり、老廃物に変質してしまうわけですが、その営みを無駄に加速するわけです。

細胞の痛みという目に見えづらい形でその結果はじきに現れます。

肉体にしっかり負荷がかかっているので、安易に暴言を吐くのは物理的に殴っていることとあまり変わらないのです。

いつも不機嫌な人間を傍に置いておくと断続的に活性酸素の害を受け続けることになります。

それは肌が痛み、筋肉が衰え、ワタが悲鳴を上げだし、死へのロードは加速度的に短くなっていくことに他ならない。

男から見たお局さんで例えましたが、「不機嫌な40男」と代入することもできるのですよ?
言わんとしてることは同じことですから。

人に好かれる健やかな日々を欲すならばそれがたとえ美徳であろうと進んで不機嫌をこじらせ、怒るのは愚の骨頂なのです。

どれだけ他人が「貴様は愚鈍だ」「怒ることもできないヘタレだ」と罵ろうとも穏やかでいることのほうが健康面でも人間関係の上でもとてもメリットが大きいのです/p>

まとめ
異性にもてる第一歩は「怒らないこと」といっても言い過ぎではない。
穏やかでいるだけでレアカードになれるのです!
 

おわりに

運動の習慣の方が救いがある

長い時間をかけて人に怒鳴り散らさなくても、軽い筋トレと筋トレ前に行う20分程度の軽い有酸素運動をする習慣を持った方が心身ともに健やかかつ時間の管理もできるのでオススメです。

運動という行動によって消化されていく心の中のモヤモヤの量は馬鹿にできないですし、体を動かした方が血流も改善し、筋肉という資産もついてきます。

思考もクリアになるので赤ちょうちんのおやじ相手に管を巻いて泥酔する必要性もなくなるので節約にもなりますね。

自分のできる範囲でいかに自分を怒りへの依存に引きずりこもうとする悪が差し向ける魔手から逃れるか、対峙するかを考えないと根本解決というものも見えなくなる。

そんな簡単なことがわからなくなる前にぼくらはまず、「怒る」という対症療法に依存することをやめ、怒りへの依存によって生じるデメリットを回避する必要があるのです。

もし、自分の人生を健やかなものにしたいと願うのならば。

すぽんさーどりんく


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