○○は成功した。××は死亡した。ってどうなのさ?って話

○○は成功した。××は死亡した。ってどうなのさ?って話

おはようございます(^^♪3連休に記事書きまくりな愛宕提督、ともです(・ω・)ノ
すげーアホだなー・・・マジョリティ臭がプンプンするなぁ~~~って記事を発見したのでメシ食う前にサクっと書いちゃいますw

このツイートする直前、「死んだら意味ないんじゃね?」と思った瞬間ある医療マンガを思いだしちゃいましたよwww

医龍の冒頭じゃねぇかwww

手術は成功した。しかし、患者は死亡した
これが浮かんだ。
逃げ道を絶たれて追い込まれた軍隊がやることは三つ。 投降する。玉砕覚悟で特攻。集団自決する。
いじめの場合、降れない。すると後に残るのは最後に死ぬ選択肢しかない。
確かに、ネットはいじめの攻撃が降ってくる窓口では確かにあるだろう。しかし同時に退路にもなるものだ。
それに、リアルでいじめてくるような奴らに会いに行かなくちゃいけない理不尽を強いることが健全な学生生活といえるだろうか?

少なくとも、不登校が問題だと騒いでる人たちの大半「不登校は解決した。しかし、生徒は死亡した」となるやり方が正しいのだと信じ込んでいるように見える。こいつらは・・・歪んでいる!

おわりに

医龍というマンガもまた、サラリーマン医師たちに対する風刺の面を含んだマンガです。サラリーマンの構成員は95%くらいがマジョリティ。考えないで常識にしがみつく層。 だからその象徴として冒頭の引用がでてくるわけです。
これは、大学病院という世界だけでなく、日本中のオフィスや教育機関、地域にはびこっているマジョリティで一生を終えていく人たちの共通意識とも取れないでしょうか?
誰かを殺しても正しさを示し続けられるものってどれほどあるだろう・・・パッと思いつくのは死刑くらいです。

もっとも、これもまた最後の最後まで更生の可能性がついに見つからないという袋小路の先にあるものに限りますがね(^_^;)

 

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