○○は成功した。××は死亡した。ってどうなのさ?って話

モロ医龍の冒頭だよな?

どうでもいいことが成功し、肝心なところが失敗している。

たいていの場合、それは本末転倒な状態にあります。
目的と手段の主従が逆転しているという、アレです。

そんな例に胸糞悪さや胸がつかえるような思いをすることはよくあると存じます。

特にどうしてニュースなどを見るとそんな思いをする機会が増えるのは何故でしょうね?

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【Case1】いじめはなくなった。生徒は死亡した

LINEいじめなどは自殺を宣誓させられるまで優勢火力ドクトリンで攻め続けられる

例えばいじめ。

形や内容は変わっても基本的に何年たってもなくならない社会問題ですね。
職場という場所に移ればハラスメントという言葉に言いかえられれるアレです。

最近は義実向上に伴ってやり口も陰湿かつ残虐化の傾向が強いですね。

古代ローマのグラディエーターの方がよほどましなしに片してるとすら思ってしまう程に。

確かにあるフィールドから一時的にいじめをなくすことはできます。
犯罪者の処刑と同じで標的が登校拒否になるか死ねば決着しますからね。

ただ、これを「いじめはなくなった」と見做すのもそれはそれでどうかと思いますけど。

[su_box title=”まとめ” style=”soft” box_color=”#000080″] いじめはなくなった。標的は死んだ。
これは果たして根本解決といえるだろうか?
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【Case2】手術は成功した。患者は死亡した。

元ネタ。医龍で描かれた大学病院という権力の為に「死なせていい」が存在する暗部

保険の点数稼ぎと院内死亡率調整のために手おくれ患者の最終処置を大学病院で行うよう、遺族側に誠意を見せてうやむやにするという病院政治や経営面の暗部とも言えるシステムについての描写。

ドラマ版では朝田の天才ぶりと患者を救うことへの熱意について描かれていますが、原作漫画版の作風は「医療界の政治」により強くスポットが当てられています。

「漫画の作風の方向性はこうなのだ」と読者に印象付けたシーンですね。

話が少々脱線したので軌道修正。
大学病院だろうが民間のクリニックであろうが患者の病を治して命を救うのが病院と医者の使命です。

ですが、患者を爆弾の様に扱って院内政治というシステムのために患者の命を消費することがあるわけです。

ただ、医者も病院という場所で働くことで生計を立て、大病院という巨大な権力の下に集っているわけですから自分たちの身も守りたいわけで。

しかも医師不足なので、処分で消えていく医師が増えると稼働もできなくなります。

そこで、「生死にかかわらずマニュアル通りの手術さえやって感情面を美味く処理すれば問題なし」という暗黙の了解ができるのです。

現実と理想のすり合わせをする難しさが歪みになる様な形としか形容できない苦々しさたっぷりな話ではありますが。

[su_box title=”まとめ” style=”soft” box_color=”#000080″] 型通りに運ばないことを美味く処分する。 何と難しいことか。
本末転倒が拭えないところに苦々しさを感じずにはいられない。
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【Case3】国公立やMARCHを卒業できた。 当面の収入は死亡した。

【若者の貧困】家賃4万の貧困と性産業【マンパワーの無価値化】

もう、増え始めている若者の貧困は高学歴層にも猛威をふるっている

「大卒なんてMARCH以下はゴミ!」と言われて久しいですね。

最近は東大を卒業してもニートを強いられたり、大企業に入れてもハラスメントで自殺に追いやられるなど、昔に描かれた「いい学校→いい会社=安泰」というロジックは完全崩壊しつつあります。

自分で見つけないと本物の安定は手に入らないけど、親が冒険を「許さない」と妨げてオワコン化したレールへ押し戻そうと激しく反発するこの世はまさに地獄と呼ぶにふさわしいでしょう。

親世代は気楽なものです。

世の中が悪いと言ってしまえば「世の中を作った一員」であることは忘れ、全て世の中のせいにできてしまいますからね。

親に言われるがままに勉強を重ね、頭がいいと思いこめたのも大学にいる時まで。

社会に出た瞬間に激しい無力感に襲われて苦悩というストーリーがテンプレになっていることに親世代が関心を抱かないのも問題ですね。

それが医者の使命と病院政治みたいな気色の悪いねじれを起こしているのだとぼくらはいい加減気付く必要があるのではないでしょうか?

[su_box title=”まとめ” style=”soft” box_color=”#000080″] 問題視されるべきが社会問題の病巣が問題視されず、苦労を強いられてる若者は自力で負担を上げて自己発見と自力解決が強いられている。
若者の貧困は学歴が保証した範囲を完全に凌駕している
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おわりに

どうでもいい成功の背景に隠れた本来のミッションの失敗

手術の成功ではなく、命が助かったら手術自体が失敗であろうと本来は成功扱いで、逆ならどんないい手術も本来は失敗なんですがね。

それに似た例が現実という世界の上ではあまりに多い気がします。

医療だけでなく、教育の問題と若者の未来でも見られるように胸糞わるい形で成功と失敗がコインの裏表みたいになって結果が転がり込んでくるちう場面は決して珍しくないですね。

自分で考えることをやめ、誰かに従うことしか能がない多数派がその風潮を助長すらしています。

その多数派で安定した生活ができた世代が強権を握っているというのもよくないですね。

完成され、朽ちはじめてすらいる既存の成功例に縛られているとあっという間に足元をすくわれるものです。

食べ物は腐りかけが一番おいしいですが、もうおいしいという状態でもないということはとっくにみんな気がついてるはずです。

素直に「腐っているものを食べたくありません」って言い放ち、新しい成功例探しを始めませんか?

ぼくはもう、始めてます。

すぽんさーどりんく


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