重オタクオピニオン

日本の子供たちはなぜ笑わなくなったのだろう

2017/11/18

日本では子供が笑う前に命をどぶに捨てる時代を迎えている

今や自殺とはなにも、ぼくたち社会人や精神を患っている患者さんだけのものではありません。
10代の盛りという年代にまで広がりを見せています。

笑うどころか「死」が「生」より魅力的に写る人が続出している世の中で子供が笑うなど当然のようになく、意思も心も希望も捨てて絶望の中で加工され、労働市場へ無機質・無感動に出荷されていく、という「当たり前」が日々、繰り広げられています。

それがいいことなのかは問うまでもないですが、「もっと健康的に改善していくには?」ということを考えるには避けて通れない考察でしょう。

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中学生の自殺が急増する世の中で子供が笑うわけがない

【中学生の自殺】子供を箱型テレビと同じように扱ってはいけない理由

笑わない子供という結果は自殺の統計にもしっかり反映されている

自殺が中高年社畜や五月病を患った新入社員のものだったのは過去の話です。

この記事をリライトしている2017年11月現在、中学生の自殺は急増。

子供も未来に絶望しか見えなくなったという証拠です。

まだ10年余りしか生きてないのにその先50年以上が「改善の余地がない地獄」以外の何物でもないのだという解を導き出さなければ自殺の急増などありえないのです。

 

数字しか見られていない給食に笑顔を作ることができるか?

量産型の社畜を労働市場に出荷できれば中身が鬱だろうともはや関係ない。
それが公教育の担う職分に対する理解です。

「不良品」には「不良品」用にちゃんと処分場が用意されていますから。

給食も食育というよりは給餌という感覚ですね。

予算に見合っていて国が定めた栄養基準を満たした献立通りに作られていれば味が泥水と同じであろうと関係なんてないのです。

2017年夏には大磯で「中学の給食」が大量に残飯として処理されるという事件から「そういった側面」が露呈しました。

これでは安肉になる運命にある家畜や工業製品と扱いの差はそう変わるものではありませんよね。

まとめ
教育サービスを施す側にとって子供はただの工業製品に過ぎない。
 

【教育という伏魔殿】「教育の為」ならいじめは看過、虐待は正義だ

いじめというものは「いじめ」というオブラートを剥ぎ取ればパワハラであり暴行であり、名誉棄損であり、自殺ほう助であり、といった具合に多様性があり、複合することも多いものです。

ですが、学校という世界は極めて特殊で生徒同士によるものは「いじめ」、先生による生徒へのそれは「行き過ぎた指導」という言葉で語られ、それらの特殊な言葉は学校という空間は治外法権が実質的に適応された異空間であることを証明しています。

治外法権のない大人の世界でも嫌がらせが犯罪まで拡大することがあるのだから子供同士でも大人と子供の間で起こることも決して珍しくはありません。

粘着テープで口をふさぐなんていう衛生上何の意味もない「修正」を施すようなことすらも職業教育者の特権としてある程度は暗黙の了解として認められています。

もちろん、学校という名の閉鎖空間の中でのみ。

もっと身近な例を出すなら給食を食べるのが遅い子供に発破をかけ、恫喝し、口の中に無理やり食べ物を押し込むといったところでしょうか。(→ONIGUNSAW/SEXMACHINEGUNSなど)

実際、いじめによる自殺事案があった場合、教育委員会と学校が被害者宅と警察に対しても圧力をかけ、隠ぺい工作に走ることもあります。

生産ラインの事故一つのために工場長だとか工場のエリアマネージャーを解任されたい人なんかいませんからある意味当然の反応かもしれませんがね。

まとめ

子供の幸せにプラスになるどころか思いっきりマイナスになるリスクを背負うなんてどんなペナルティだよ。
無償化しても不登校を奨励するレベルです(真顔)

 

大人が笑う余裕をなくせば子供だって笑わない

「死んだ魚の目」という未来しか見えないなら笑うことなく死ぬのも当然だ

オトナは汚いから大人になんてなりたくない!

なんてまだかわいい方でした。
今のティーンエイジャーの本音はこうでしょう。

「大人になるのはただの拷問だ。こんな世の中なら早死にする拠る方が無難でコスパいいよ。」

聞いてる方がゾッとする様な本音を抱えて生きていても何ら不思議ではないのです。

大人の大多数は一般社会という名の無間地獄の中で消耗し、貧困と先行きの見えない未来を前に不安な日々を過ごしてますからね。

また、日本では若年層から老害に至るまで失敗を過度に恐れるあまり失敗した個体を見つければ執拗に叩いて落伍させることにしばしば躍起になります。

子供にも「失敗しないようにすることが何よりも大事だと刷り込みます」

そんな考えを強いられ、大人までもが毒された世の中で子供が笑って過ごせる環境など作れるわけがないですよね。

まとめ

死んだ魚の目をしなくて済むよう工夫をしまくる。
そして一般社会というレッドオーシャンに縛られている限りその実践はありえない。

 

失敗がないことと幸せは別ものだ

子供が笑って暮らせる条件は一般社会の常識が決めることではない

一般社会での序列など最早価値がなくなってきています。

学歴万能説は崩壊。
今や大企業に就職すれば自殺し、東大卒弁護士になったはいいが年収300万円で頭打ち、酷い場合はヒキニート(東大卒)も珍しく無いという有様です。

一般社会の中で奨励されていることをし抜きで頑張って死ぬかいきるかすれすれになるほどにお金を投入してもメリットは雀の涙ほどしかないのです。

大企業に勤めてもメガバンクみたいに統廃合したり外資に買収されたり倒産したりして職を失うことはもはや日常茶飯ですからね。

子会社への左遷かーらーのートカゲのしっぽ切りもベタな例として挙がってきます。

世間一般で言うエリートの条件なんて、大企業勤務というだけで満たすことができる上、都落ちリスクも付きまとう意味で「実質的な」価値の高さがあるとは限らないのです。

 

おわりに

【無謀すぎw】社畜家庭の子育てという無謀が子供を暴力へと走らせた

子供が素直に笑うことのできる世相が社会には必要だ

多くの人が大人を楽しくできる社会であり、子供を育む金銭的・時間的余裕をはぐくめるだけの背景が今の日本には必要です。

しかし、理想から遠くかけ離れ、中学生すら進んで自殺し、15歳の少女がシリアルキラーの毒牙に向かってふらふらと足を運ぶ現代ではこんなことを言ったところでムリゲーレベルの理想論にすぎないことでしょう。

個人単位でできることを実行し、一般社会に染まっている人たちをごぼう抜きにして大きな勝利をつかむ以外に実践することなんてできはしないですね。

すぽんさーどりんく


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