日本人が継続できないことを悩まなくていい理由

日本人が継続できないことを悩まなくていい理由

継続できないことを悩まなくていい

継続できないことを悩まなくていい

嘘偽りなく言おう。「続かない」ものはすぐにやめなさい、とね

勉強もそうだし、スポーツなどの外部活動、ブログといったものから会社勤めや恋仲といったものすら続けるのが苦痛だと思ったらやめた方がいいですね。

無理してると苦しさに比例して周りは応援してくれるけど、本当に好きなものに取り組んでるなら応援そのものはそもそも目的ではないのだからそこを重要視する必要なんて微塵もありません。

別に「離れる=永遠に離れる」と限定して言ってるわけではありません。
また恋しくなったり「やってないと妙にそわそわして落ち着かない」と自覚すれば舞い戻ればいいだけの話です。

続けなさいと命じられるがままにやってるだけでは「なんでやってるんだろう」と言う心の内なる声が発した問いを未読スルーのまま引きずり続けることになり、モチベーションが腐る原因にもなります。

一時的にやめてみて結局永遠になってしまったならまた違う「好き」を探せばいいのです。

「好き嫌い」について嘘をつくようになれば警備員で死までの時間をひたすら灰にする日々を過ごしながら量産型日本人という凡百な低スペック集団に埋没する宿命を背負うしかなくなります。

まとめ
苦行で続けることは称賛を受ける第一条件かもしれない。
でも、称賛が欲しくてやるならそれは偽物。

継続に外部圧力はいらない

嫌いにな~る嫌いにな~る

「一般的な日本人の親にとっての理想は1から100まで親の手が入ったからこそ我が子は天才となり、結果を残せた」という図式です。

子供の精神を破壊してでも子供の肉体を意のままに操って己の人生の「やりなおし」のために消費することは誰だって考えつくことでしょう。

もっとも、それで型通りにことは進んだ試しをテレビによって編集された情報以外で聞いたことはありませんし、親のエゴを一身に背負わされ、その解呪のために戦ってる身としては「ありえない」のですから。

子供の精神を破壊したらどうなりますか?

病人が健康体の人間相手に戦って勝てると思いますか?

この2つの問いの答えが原理原則として立ちふさがり、人の意志を無視した強制で残せる結果で凡百のそれを超えることがバグゲーと言えるほどに無理があるということがおわかりいただけるかと。

たとえ、好き嫌いを直すためにビニールひもで拘束して強引に食べさせたとしても好き嫌いを克服するどころかトラウマとして記憶に残り、余計に嫌いになります。

「継続できるもの」とは身を焼かれるほどつらいことがあっても手放せないもの

例えばパチンコ。

消費者金融とパチンコ店を行き来しまくって借金ダルマになるとわかっていてもやめられない人が多いのは周知の事実でしょう。

100万超える借金は誰にとっても死ぬほど痛いのにね。

継続したいなら、そのパチンコの部分に投資性に優れたスポーツやビジネス、勉強といった行動を代入すればいいだけの話なのですよ。

結果を残すために必要なことは自分の意志をねじ伏せて無理を重ねるのではなく、同じ無理を重ねるにしても自分の意志を活かす形であることなのです。

まとめ
継続できるほど好きなもの麻薬やパチンコとある意味本質は変わらない。
本当に好きなら困難という道理は「私の無理で」こじ開けるくらいは放置しててもやる

てーとくのブログの場合

【ブログ発信力】初めてのブログイベントでとも提督が収穫した6つのこと

Twitterを使うとか

朝の時間がどれほど圧迫して出る間際が忙しくなろうともぼくはブログをやめることは考えられないですね。

もう、好きなのだと自覚してしまったから。

幸いなことにブログに人格はありませんから、筋肉と同じで相手に愛想を尽かされるということもありません。

トイレの待ち時間など、空いてる時間があればデート中であろうとパーツづくりのため、デートという本来の行動を損ねない範囲でチマチマと励んでいるほどです。

それこそデートならば二人でミステリーショッパーをやったりするのもアリでしょう

極悪テクニック

スキマ時間というのは何もプライベートにしかないわけではありません。

やり方だってTwitterするだけじゃない。

倫理のために死にたいというのであれば止めませんが、noteで販売しているもっと黒いテクニックもぼくは使ってます。

まとめ
スキマ時間を使えば一部くらいはデート中でも記事は作れる。

おわりに

量産型労働者って老いも若きも老害化したジャンク品でしかないンゴw

昭和や老害の副葬品になりたいわけではないなら好きじゃない人に好きという癖から卒業し、量産型日本人を脱出しよう

日本の学校教育や美徳というものは上の指示をやみくもに履行することに特化した木偶を量産するためにあり、その目的のため、個人の意思を病気になるスレスレまで滅菌します。

好きとか嫌いとか関係なく言われたことだけを忠実に履行し、病院に担ぎ込まれたり線路へほっぴんジャンプするまで無理することを世間が奨励していることを知っておいて損はないでしょう。

親のエゴではなく、国のエゴにも潰されているという構造が理解できればそのあとどうすべきかという戦術や戦略を立てることもできますし、消し炭になってしまった自分の意志を取り返すこともできます。

社会人になってしまった後だと奪還にすごく苦労するので学生のうちにしておくことをオススメしたいですね。

ぼくらは継続できないことを悩まなくていいし、他人の都合を闇雲に背負うことをが奨励されていたとしてもそれが義務でないと知り、その上でふるまいを決める権利があります。

それを知れば好きと出会って外部の圧力からその好きを守り育てていくことはより簡単になるでしょう。

すぽんさーどりんく


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