【過剰サービス】ウザいおもてなしについて学ぼう │ 陰キャのモテ道オンステージ

【過剰サービス】ウザいおもてなしについて学ぼう

【過剰サービス】ウザいおもてなしについて学ぼう

おもてなしされて胃に穴が開く思いする人だっているんだぜ?

この記事は2018年5月15日に全面リニューアルしました

タガタメにもてなすの?

相手にストレスを与えるおもてなしはいらない

おもてなし本来の意味ってなんだろう?

誰かをもてなすことを考える上で絶対に考えておかなくてはならない基本のキだったはずです。

ですが、どういうわけか「もてなされる=手放しで喜ばなくてはならない」というわけのわからない決まりごとのような理解がいつしかまかり通るようになりました。

考えればおもてなし以外でも、いろんなものが昭和のを境に本来の用途を逸脱した状態で社会の常識みたいになっていったものはたくさんありますよね?

例えば謝罪だって、本心をガン無視して光の速さで気色ばんだ相手先へ赴き、日光猿軍団の猿回しみたいにポーズで頭を下げ、それで満足しなければ土下座してでもその場で強引に溜飲を下げさせる、みたいなの。

それで二マニマと満足げな表情をする溜飲を下げた相手をみて違和感や吐き気を覚えることがあったのはぼくだけではないはずです。

 

昭和の接待(おもてなし)文化の押し付けかも?

【有料のサビ残】会社の飲み会とかいう行事が無駄でしかない理由

過剰サービス・決めつけ・強制と強要というウザい履き違えが流行した昭和流おもてなし

接待文化が多いに栄えた昭和バブル期は、接待に付随する産業が栄えるとともに「接待の席を設ける」こと自体が目的化されるようになりました。

さらに、営業努力の一環となり、べろんべろんになった相手に契約書を差しだしてハンコをつかせることを目的とするおもてなしを強行した悪辣な人間も増えました。

形式的なものばかりに傾倒するようになり、相手の感情さえ決めつけるようなウザいオッサンが昭和世代に多いのも納得です。

相手のことを考えずに押し付けられる善意は暴力や悪意と何ら変わりないはずなのに。

押し付けられた酒席という名の過剰サービスと言わんばかりの善意だって相手の肝臓からすれば暴力以外の何物でもないのに。

それでも、「善意だ」といって聞かず、相手の都合なんかお構いなしに押し付けて平然と感謝やら対価を要求するのです。

それこそ、ウザい過剰サービスも昭和の残り香としてはいい例で、いたずらに人員も客も疲弊させ、罪悪感で財布から金を抜き取るやり方ですからある意味ちょっとした泥棒ですよ。

サンタ営業と泥棒営業って本を読んで頭を冷やしてもらいたいですね。

【もし、ぼくがエンカウントしたら】彼女が難儀してるなら予定はとる

「出席する」といえば相手方は満足し、丸く収まる

世の中には理由がない悪意がいくらでも転がっています。
未だに、おもてなしという皮をかぶってることさえ珍しくありません。

偉い人が昭和世代で、歳食って柔軟性を欠いているこの状況だと、残念かつ理不尽な話ですが、そういうことを骨身に沁みてわかっている若者がとっとと折れるのが一番時間や脳内資源のロスが少ない。

聞くだけでウザさギガ盛りですが、過剰サービスと押し付けをゴテゴテと盛り込んだものしかおもてなしと認識できない人と対峙するとはそう言うことですからね。

回避しようと、もがけばもがくほど拗れるし、話が平行線のまんまなら理不尽な理由で気色ばんで難儀する可能性も高い。
それなら無駄に事を荒立てず、穏便かつスマートにやり過ごした方が無難ですからね。

妥協や諦めも戦術として必要になること、ありますからね。

まとめ
(´-`).。oO(昭和の話をすると必ず出て来るよな、「理不尽」ってワード)
 

おわりに

日本の文化もバブルを境に異文化コミニュケーション化

例えば、この質問者さんの彼氏さんがフランス人だったとしたらおそらく彼氏さんの文化的背景のことも考えてご両親は注意を払えたのかもしれません。

ですが、同じ日本人であれば、昭和のウザい人々は昭和の慣習と平成以降の感覚の違いというものは平然と無視して強引に自らの価値観を押し付けてきます。

昭和と違って消費税が0→8%に上がり、年金保険が10→18%に上がった背景を無視して「消費が冷え込んだのは最近の若者に甲斐性がないせいだ!」と物申す人と同じです。

「おもてなし」の押し付けを含めて「昭和で止まってるそのウザい感覚、いい加減更新しましょうよ」とぼくは物申したい。

もうすぐ平成さえも終わるのだから。

すぽんさーどりんく


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