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【名言・格言の火曜日】強きものは生き、弱ければ死ぬ

2016/12/27

「こんな格言を知ってる?」とか言う人ではありませんが、予備軍な重オタクブロガーのとも提督です。

今週から火曜日の格言。というお題目で先週一週間を振り返って印象に残った格言を紹介していく、というものです♪

この世はしょせん弱肉強食 強ければ生き、弱ければ死ぬ

先週、PrimeビデオASでガッツリと見ていたるろうに剣心の京都編のテーマであり、志々雄真実・瀬田宗二郎の名言であり、信念。

弱いものを糧として食らって食物連鎖の頂点に君臨する草食獣と肉食獣の関係性になぞらえた志々雄の説く世界の摂理。

「この現し世こそ地獄と呼ぶにふさわしくないか?」と百識の方治に洗礼を施すシーンで志々雄は言い放っていますが、現代日本はまさにそういう世なのだと認識せざるを得ないところがある(だからこそ面白い)とぼくは感じています。

もくじ

この世はしょせん弱肉強食 強ければ生き、弱ければ死ぬ

もくじ

社会の摂理と自然の摂理

弱いことは罪なのか?

おわりに

すぽんさーどりんく

 

社会の摂理と自然の摂理

人間もまた

例外なく、自然を生きる動物です。

脳という武器を使い、恐竜時代で言う恐竜のポジションを勝ち取っています。つまりは食物連鎖の頂点に君臨する種としてこの世に生を受けていることを意味しており、同時にサバンナに暮らす動物と同じように自然の摂理の中で生きているのです。

これは、どんなキレイごとやお題目を唱えても決して覆すことが出来ない宿命です。

資本主義社会と四民平等

るろ剣は舞台となった明治時代。士農工商は四民平等によって制度上、まっ平らな立場となりつつも江戸期の旧習の残り香がしっかり漂っている様子が一貫して描かれています。

身分上平等となっていても、資本を持っている元士族などは奉公人だった他者を従属下に置いてアゴで使ったりしてましたし、「女には聞いてねェ!(殴る蹴るなどの暴力)」といったシーンもありました。

法整備が進んだ平成の世でもブラック企業やブラック家庭などではこういったシーンが見られ、たびたび摘発の対象になったりしてますね(^_^;)

ブラックな場面以外でも身分という形では明らかにされませんが、生活格差という形でしっかりと社会階層が形成されていますよね。

弱いことは罪なのか?

罪というわけではありません。むしろ、平等にし過ぎる事こそ悪です。

が、弱き者は強き者の糧となる責務を背負うことになり、それがいやであれば強くなることを当然の対価として求められます。

強いものが弱いものを手足として使う。用済みになれば食うか捨てる。乳が絞れなくなったホルスタインや走れなくなった馬を解体して食用肉にするのと同じくらいごく当たり前の話です。

弱き者を育てるために、強化・育成のために守るにしても、自分自身が強くあることを要求されます。

弱者が育てられるのは弱者だけ。強くなるには本人の異常な努力や閃きか、他の強者による引き上げが必要なのです。

もし、自分が不当に虐げられているなら、それは紛れもなく自分のせいです。

自己責任です。

生まれが悪いなら家を飛び出し、勤務先が横暴に染まっているなら逐電して新天地を求める、くらいは当然です。

ファイターはガンダムを守り抜かねばならない(他作品ネタ)

他作品の話になってしまいますが、Gガンでは自分の命の他に、ガンダムも守る・盗まれぬように管理するという責務が国際条約として設定されているシーンがありますが、これは国際条約も何も当たり前の話ではないでしょうか。

身もフタもないですが、自分の命を守れるものは最後は自分たった1人なのです。

おわりに

るろ剣はやっぱり京都編が一番濃密で好きですね!

終始鬱展開な人誅編も好きですし、東京編(特に観柳亭の悲劇あたり)もいい味出してますが、悪の美学を総結集した志々雄というキャラクターと十本刀それぞれのヘヴィな背景(個人的には明王の安慈の過去)あたりがめっちゃ心に刺さります。

好きだからこそ、心にこの言葉が刺さり、そしてぼくの信念を形作っているように思えてなりません。

すぽんさーどりんく

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