『なんでうちの子がウソをつくの?』って毒親丸出しのギモンに全力で応える

『なんでうちの子がウソをつくの?』って毒親丸出しのギモンに全力で応える

嘘というものはいけないことだ(常識)

ぼくらはその様に教えられ、今日までを生きていますが、それを口で伝えられるように杓子定規にとらえていいものなのでしょうか。

公文書や受注表などを偽造したりするのは犯罪ですが、「無駄に怒鳴る親を怒鳴らせないために」などのメンタル面の防衛を目的として使ったり「会社の秘密を守る」などの実務面で必要に応じて使うくらいは当然の権利としてあってもいいのではないでしょうか。

ぼくの親も最近でこそ頻度は減りましたが、怒ったり詰めたりしたところで状況が変わるわけでもないのに怒ったり詰めたりする親だったので、ぼくもたくさん嘘をつきました。

嘘を排除するために人はどのように努めればよいのかを一緒に考えていきましょう。

嘘つき=悪ではない

嘘を杓子定規な価値観で裁くのは雑すぎる

嘘とは必ずしも悪とは限りません。

にもかかわらず、多くの人は嘘をつかれることを必要以上に憎み、自分が嘘をつくことに対してもまた必要以上に激しく罪悪感を感じます。

必要を感じてやることに対して必要以上に責めたり必要以上に自己嫌悪になることなんてないのですがね。

まとめ
嘘と悪をイコールで結ぶのは過激すぎる考えであり、慎んだ方がスマートに生きられる。

嘘がなぜ必要か?

必要とされる場面が必ず存在する為。

例えば商談の場面で不躾だったり「仕入原価ナンボ?」みたいな感じでお馬鹿な相手が横暴な値切りを露骨に要求してきた場合なんかは嘘をつくのも戦術の一つとして認められてしかるべきではないでしょうか。

そんな時に変にしどろもどろしたり情報を漏らしてしまうような人を営業マンとして雇いたいと思いますか?

ぼくなら嘘800でもいいから企業秘密を守るためにあらゆる手を尽くしてくれる人の方が信頼できますね。

そして、嘘は仕事だけでなく日常生活でも必要になります。
それも子供時代から。

嘘は技能の一つ。
仕事以外にも必要になる場面は少なくない。

 

嘘をつく必要性を失くせば子供は正直であってくれる。

子供が親にとってショッキングな嘘をついたり秘め事を持つ理由はただ一つ。
日ごろから親が子供を必要以上に傷つける癖があるからに他なりません。

「正義は我にあり」と思えば人間はどんな残虐行為でも働けてしまう生きものです。

正しければ大なり小なり傷つけるのは当たり前で、どの家でもきつく言って聞かせているのだから我が家もそれに倣うべきだと考えてる人があまりに多いのではないかと日ごろから感じています。

当然、子供は親からそのことを学びますので、自分が大義名分を得れば殴る蹴るなどの暴行を含めて何をしてもいいという考えに染まることは容易に想像できますよね?

多くの量産型な親はそういうことを理解せずに「そんなことは教えてない」と考えなしに条件反射で激高しますから、悪循環がエンドレスで続きます。

まとめ
嘘をつかれるのが嫌というなら「どの家でもやってるから正しい」という安直な考えを捨て、「もっと無駄をなくすためにはどうすればいいのか」ということについて頭を使う必要がある。

おわりに

子供に嘘をつかせたことを恥じる必要も、子供が嘘をつく事実にショックを受ける必要もない

必要なことは常識に依存するのをやめ、日ごろから頭を使うことです。

頭を使わずに「みんな」を理由に世間一般の価値観を押し付けるためならどんな手ひどい攻撃を加えても良いと思っている人は多い

思考停止もいいところです。

そんな姿を見せているから子供も考えることを放棄するバカになり、無駄な自己嫌悪に苦しむのです。

それに、労働万能説が崩壊した現代で20世紀基準の世間の常識なんてものが価値を持つ時代でなくなってきていますからね。

学びを放棄して精神に対しての過剰な暴力を加えていないだろうか。

嘘をつかれることに苦しんでいる人はいま一度、省みる必要がありそうですね。

自分の言動が嘘を呼んでいるのではないか?と。

すぽんさーどりんく


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