【学歴オワコン!】男女関係なく高学歴でも貧困に甘んじてしまう理由

オワコン!学☆歴!!

学歴がないことより学歴にしがみつくことを恐れるべきだと思っている重オタクリア充のとも提督です。

さて、今までは高い学歴こそが高収入への特急券でした。

大企業や大手メガバンク就職への特急券としても使えたし、かつては弁護士などがエリートとしても幅を利かせられました。

ですが、大手メガバンクや大企業勤務。
果ては弁護士までもが貧困路線へとかじを切った時代になりました。

学歴の価値がオワコン化することのどこに不思議があるというのでしょう?

【何故、オワコン化?】大学って何のためにあるの?→歴史ヲタ曰く

 

本来は学問所。研究者を生み出すアカデミックな場

大学とは、もともと貴族の子弟に教養や儒学を教え、国家を支える人士を育成する学問所でした。

近代化が進むにつれて、貴族・庶民を隔てず専門分野を掘り下げていくための研究者を養成する学問所へと姿を変えていきました。

ところが、高度成長期を経て現代ともなると「みんな大卒」という非常にゆがんだ形になってしまいました。

大学も大学でビジネスのためにカフェテリアをおしゃれにしたり、するなど、生徒数確保に躍起になっていき本来あるべき姿を徐々に見失っていきました。

デフレスパイラルという名の不況の煽りも受け、「いい会社に就職するため」の踏み台だったり、「新卒格付け装置」という姿に。

ただの捨て駒として使う前提の人材が学士号を持ってなきゃいけないなんて実に滑稽な話なハズです。

学術的権威と仕事で出せる成果なんてイコールで結ばれないのですから。

 

歪んだパズルはリセットされていく

新卒サラリーマン格付け装置としての価値がなくなれば大学もまた存在意義に迷走します。
本物だけが残る弱肉強食の時代の到来です。

ノーベル賞の獲得など、技術大国の威信と誇りを守るために研究者がガチで研究に取り組む場という本来あるべき姿になっていくことでしょう。

また、産業界に対しての役割としてはシンクタンクや企業の研究部門に絞っての人材輩出を担うことになるでしょうね。

ただ、そのためにまずは生き残りと社会混乱の収束が求められることは言うまでもないことでしょう。

一億総学士時代とかおかしいと思わないか? オワコンになって当然だろ?

 

江戸城を建てたのは誰だ

、と聞かれればぼくらは「徳川家康」と習った通りにこたえるでしょう。

実際に石を積んだり梁を立てるのは大工仕事に長けた工夫たちです。
が、彼らの名は歴史には残らなかった。

何故か?

彼らがいち大衆でしかなかったから。
それが家康と彼らの大きな違いです。

今の高学歴人材は、まさに「大衆」の一部としてカウントされるほど数が多くなり過ぎて珍しいものでもなんでもなくなってしまったのです。

それゆえ希少価値も失いオワコン化。 それにともなって貧困層も増加。

東大医学部さえ見ることもできた有名私大卒の50代男性すらこれほどまでに落ちぶれる時代という結果が残るまでになりました。

 

【学歴のオワコン化】ガノタだからこそわかる

みんなが学士過程や修士課程を持つのが当たり前になった時、みんなの価値って社会から見たらどんな風に見えるでしょうか?

ザクのようにたくさんいる、失っても代えが利く程度の価値しかない量産型としかみなされなくなります。

そんな世の中で価値を示すにはどこを目指し、何をしていけばよいのでしょうね?

そんな問いがこだまするならぼくならこう答えます。

希少価値を伴ったスペシャルになりなさい、と。

この世の中で価値を示すにはガンダムやジオングのような「スペシャル」にならなくてはいけません。

凡百な量産型とは違う、学歴抜きでも魅力的だと他人に思わせるだけの何かを備え、1抜けすることが現世(うつしよ)という地獄を生き抜くためには求められるのです。

 

【学歴オワコン】使えるか使えないか。

 

プライドばかり高いしコスパ悪い・・・院卒を敬遠

学歴がワンランク上になると当然、初任給が上がります。

ところが、使いにくさや実用性の乏しさを現場は高学歴層に感じているようで、その上、プライドばっか無駄に高いというイメージを抱かれていて嫌われてしまう傾向にあるようです。

特に女性に対して顕著で、現場は高飛車で生意気なのがくる、という印象を持つようです。
男女ともにそんなに変わらないし、高飛車とは限らないのに。

もっとも、社会人経験が少なく、年齢が上がってる分だけ会社に特化していくスピードが大卒より遅いというのは決して的外れではないでしょう。

会社にとって都合のいい道具に仕立てるのに大卒より余計にひと手間もふた手間も余計に世話してやらなくてはいけない、と考えれば確かに採用する気が失せるというのもごもっともな話ですね。

高学歴人材を持て余した財閥系企業は博士号取得の新卒男子をハラスメントで自殺に追いこんだことすらある

 

そして貧困に堕ち、病んでいく

気づけば高学歴なのに役立たず、という烙印を押され、介護職やブラックバイトといった人手だけはやたら欲しがっては使い捨てるような社会の底辺層へと足を突っ込んでいくことになります。

よしんば大企業などで就職の口が見つかっても上記の偏見から人が近寄ってくることなく孤立し、いじめの対象になることもしばしばあるそうです

事実、電通ほか多数の大企業でハラスメントによって使い捨てられる東大出の新卒がハラスメントによって浪費する例も珍しくなくなってますし。

仮に真の姿として機能している学内研究職の現状も労働基準法違反レベルの低賃金で講師や研究員をさせられることになりますし、キャリア形成が非常に不透明で危険職に勝るとも劣らない危険な綱渡りと化しているです。

 

【高学歴にも適用される法則】時間貧乏=未来貧乏

定年まで時間だけを売って低品質な仕事を卸し続けるのか?オレは嫌だね

時間貧乏は健康借金とセットで年収800萬世帯をも貧困につき落とす

年収800万円の高学歴世帯を襲った恐るべき事例が東洋経済の記事で紹介されています。

翌日の始発前まで労働する日々を800万の年収のために続けた末、ストレスが祟ってアルコール依存症と双極性障害を患い失職。

35年ローンが残った持ち家を手放し自己破産。
家族も誇りも収入も若さも失って障害年金と生活保護生活、というトンデモ事案が現実に起こっているのです。

ワーカホリックの末にすべてを失って再起不能状態にまで叩き込まれたこの男性は離れていった元妻を恨み、日本の将来を娘以上に憂うという堕落し切った日々を送ることになってしまったという。

高い学歴と高い年収の仕事にありつけた人ではあったが、自分一人満足に幸せにする術は知らなかったというのは何とも皮肉な話ですね。

自分を大事にし、家族を愛する時間を失えば未来には病というアリジゴクが待ち構え、馬車馬の様に働きまくっている働きアリの自分を容赦なく撃墜という構図が浮かびます。

高学歴を武器に高年収でワーカホリックを前提とする会社に就職、というのは栄光の始まりでなく終焉へのカウントダウンというのが正しい解のようです。

時間貧乏前提の高収入というのは将来かかる医療費負担を前借しているだけ、と考えれば本当に富貴だとはとてもいいがたい状況ですね。

学歴のオワコン化についてはもっと熟慮し本当に大卒が必要であるか、ということについてぼくらは自分の頭を使って真剣に考える必要があるでしょう。

学歴以上に、時間貧乏にならないための生存戦略を重視すべきだとぼくは声を大にして言いたい。

おわりに

他とは違うところを見せつけなければ未来はない。

これからを生き抜くためにはブランディング等の生存戦略の策定と実行を学歴なぞに頼らず自らの手でしていくことが求められます。

今なら、「みんな同じ=価値ある存在」と勘違いしてるそうも多いので、一抜けレースの参加条件まだまだ緩いかもしれません。

2:8の法則に従えば、まだみんな迷走している中で歴史上に名を残していく人と同様にブランディングをしていき、多くの人たちに比べて2歩先を行くだけで上位2000万位あたりには食い込めるでしょうから。

オワコン化していく学歴を頼みにする人もまたオワコン。
そんなオワコンに歩調を合わせようとすればどうなるかは考えるまでもなくわかることですよね?

すぽんさーどりんく


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