弱肉強食は自然の摂理~弱者を糧に対戦ゲーを楽しもう~

弱肉強食は自然の摂理~弱者を糧に対戦ゲーを楽しもう~

しょせんこの世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。

弱肉強食って実は人間界でもしっかり機能してるんじゃね?と本気で思っている男。重オタクブロガーのとも提督です!

人間界では弱肉強食なんて機能してないよね?という人も多いでしょう。
確かにそれはある意味頷けます。どこかの組織に雇われて働き「共産主義的な収入形態で生活してりゃあ自分で学ぶことがない限りそう思うだろうよ。」って。
資本主義ほど良くも悪くも弱肉強食な世界もそうそうないとぼくは思いますし、せっかくのゲームなんだからぼくは楽しみたいですね。少々血なまぐさくても、ね?

生まれが悪いんじゃない。自分が弱いのが悪いんだ。

他人や世の中のせいにして管をまいていられるほど余裕あるのか?

例えば、Am〇ayあたりに焚きつけられて、踊らされ・・・大量の借金を抱えたとしましょう。
誰のせいだ?と問われれば多くの人はAm〇ayと紹介した人が悪いなんて言うわけです。確かに彼らも見込みのない人間の弱みに付け込んだと言う意味では悪と断定してもいいですが・・・これでは何の解決にもならないんですよ。 別の同じような人種に焚きつけられるたびにまた同じ目に遭う・・・だけですからね(^_^;)

自分の弱さにすべての原因を求め、弱いとこ見つけたら反省。反省内容をもとにすぐ修正して自分の手で自分を鍛えることでしか、人は強くなれないし、問題の根本解決を達成することはできないのです。

「この例の場合、A〇wayと誘った人間に対し、知力・体力・精神力などで単純に負けた結果、思うがままに操られてしまった」と言う現象にぼくは見えるわけなのです。

力量を磨かない人間が糧になるのは当然。

努力できないヤツはおとなしく誰かの糧になるしかない

「努力そのものを礼賛」する世間の大部分の人にとっての「努力」と「目標達成のいち手段としてとらえている」ぼくが言う「努力」の性質は全く違うものです。

上の記事はまさに、その違いについて書いたものです。
やみくもに重ねるだけじゃ何も成せないんですよ。「~までに」「~がしたいから」「~のために」「~を」どの程度の量や時間を取ってやるのか?頻度は?と、仮説と計画を立ててやる必要があります。

例えば、ダイエットがことごとく失敗する理由は何でしょう?
テレビの言うがままにやっていたり、人の言うことを聞きまくってそのたびにやり方を短期間でコロコロと変えて・・・みたいなことやってたら絶対成功なんてしないんですよ。
「人様からお金を取る」だけの情報を発信してるところから確固たる情報を買うか、自分でググって自分の頭で考えながら勉強して立てた仮設に基づいて愚直にPDCA廻さない限りは絶対に。

「何でもいいから努力してたら報われる」とか言ってるから「A〇wayに騙された~」みたいなことをほざかなくてはならなくなるのです。
そんな人はAmwayやっても仕事やってもうだつが上がらないのでいま働いてる会社の社長の糧になるために人一倍会社で身を粉にして、サビ残もこなしながら働いた方がきっと楽ですよ。
課題もお給料も全部会社が命令と一緒に用意してくれるし、会社の業績にコミットしないのもクソ上司の責任に出来るのだから、会社やクソ上司に文句を言う前に感謝しないといけませんよ?努力教崇拝者の皆さん?

糧にすらならないヤツは存在する価値すらない

害悪にしかならないゴミは処理されて当然。何がおかしい?

管をまいてゴタクばかり並べてる輩にできることなんてせいぜい他人の足を引っ張ることくらい。
ようするに・・・役に立たないどころかが今で及ぼしてるわけです。
Gなどの害虫を見つけたら殺虫剤片手に駆除にかかりますよね?ゴミはごみ箱に捨てますよね?

だから、、、糧にすらならないゴミは・・・ゴミ箱へ♡

本来、糧として消費されるか、消費する側に回るかは決められる

おとーさんが決めた、とか常識がこうだ、とか・・・そんなゴタクはどうでもいい。

まぁ、こんなこと言うと「人の命を何だと思ってるんだ!」と怒った顔でいわれそうです。
言うのは勝手ですけど・・・「言ってる本人が小刻みに他人の命をゆっくり解体(バラ)してる」ということは結構無頓着だったりします。
例えば、普段の仕事で「電話営業」したりとか、「電話してくれ」って他人に頼む機会が多かったり、内線で会社の人間を呼び出すときに11回も20回もコールしたり・・・「打ち合わせも兼ねてお食事しましょう」とか平気で言うんですよね。
あと、「月曜日に納品お願いします。」って金曜の夕方にお願いしたり。 自分もされたことがたくさんあるからといって「それが罪なことではない」って事実を無視して自分勝手に決めてしまってるんです。

自分の命すら大事にできないその様はまさに「誰かの糧になる以外に使い道ない」クラスタですね。
自分の命を大事にするということは、自分の時間の大切さをよくわかってるということ。その裏を返せばそうなります。
本当の意味でいの地を大事にできる人はブラック労働に耐えることが貴いなんて考えにはならないんですよ。 その代わり自分が尊いと思う仕事に関して何時間でも欲望のままにできます。寝食すら忘れて。
その辺りのことは以下の記事に。

おわりに

こんな血で血を洗う修羅共が蠢くこの現世(うつしよ)こそ地獄と呼ぶにふさわしくないか?

実際、ブラック企業経営者は文字通り修羅そのものでしょうね。
ただ、現実という名のゲームは、ほとんどの日本人にとってクソゲーだったり鬼畜ゲーだったりするわけですが、その要素を上手く楽しめば「世界一面白い対戦ゲームに・・・!」それ、DLも課金もしてないけどプレイ環境が整ってて、嫌だろうが好きだろうが関係なく結果的にみんなでやってるんだ。。。と考えればトッププレーヤーの方って別にブラック企業経営者でなくても十分修羅です(別の意味で)。
ぼくも修羅の中に入りたい。 糧になるしかないような人を下僕にしてでも、ぼくはそういう層に入ってもっと現実という対戦ゲーを際限なく楽しみたい。

弱いまんまじゃどんなゲームだって楽しめないっしょ?それに・・・この世に人として生まれてきたのなら、トッププレーヤーを狙ってみるのがヒトってもんだろ?

すぽんさーどりんく


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