時間、ムダにし過ぎw子供をスーパーに連れていく家庭が負け組な理由

時間、ムダにし過ぎw子供をスーパーに連れていく家庭が負け組な理由

そんなに時間を無駄にしてるのは何で?いくらでも改善できるのに。

ぼくはスーパーマーケットにはデートの途中に行くくらいで、食材などについても、ほぼネットで買い物は完結させています。

キャッシュレス生活を始めてから、よりブログに没頭できるようになったからこそ、時折食材が1品足りなくなった場合にスーパーに寄ると当たり前の光景にすごく違和感を感じてしまいます。

何でこの人たちは、時間の使い方がこんなに雑なんだろう、って。

【減らせる無駄を減らさない】負け犬家庭はスーパーマーケットで子供にキレる

時間のロスが多すぎる習慣を子供にインストールするのはマイナス

生産性、金銭、時間

「スーパーに子供を連れていく」というだけで確実にこの3つがじわじわと、トータルで見れば殺人的にごっそりと失われるのです。

そんなムダだらけの習慣を子供に引き継がせることがいいことなはずがない。

やり方次第で減らせる無駄であるならば、トコトン減らして浪費・ロス・無駄だらけな生活をスマートにしませんか?

野菜選びの時間も省きつつ手堅く上質素材をリーズナブルに手に入れるネットスーパーや食材宅配を活用するなど、手段を変えて。

買う材料をあらかじめ購入しておくならば、献立を考えるという作業も買う時に一か月分すべて済ませられるから考える時間と脳内の認知資源の浪費を抑えることにもつながります。

 

負け犬家庭は現金主義で時間を浪費する

学習モード。レジでまごつく老人や買い物慣れしてない男性。5~10分単位の時間の浪費の原因。

Apple pay対応端末なら、レジでの支払いも改札の通り抜けもこれ1本!

ポイントカードを探す時間も、現金を使うためだけにお金の勘定をしたり、硬貨や紙幣を数えながら取りだす手間のためだけにかかる時間も削減できます。

これらの手間を省くことで、自分が作った無駄のためにレジに並んでる人が連帯責任みたいに被っていた無駄を解消できますし、脳をそんな無駄なことに使うことなくもっと生産的に使うことだってできます。

その点でApple WatchやIphoneは至高の時短ツールです。

もちろん、PASMOやSUICA(カード)もいいけど、これらであれば1本でカーナビの役割通話まで一手に担えます。

 

負け犬家庭はテレビに行動を支配される

【ノーテレビライフのすゝめ】アニメオタクな若者がテレビ離れした理由

人生最大級のガンになる習慣。無駄の権化。

レジでまごついている間「〇〇(番組)がはじまるよ~」とか言う理不尽を衝きつけられ、イライラする母親は非常に多い。

ちょっと足りない材料を買い足すのに夕方、スーパーに寄ると70%ほどの確率で確実に遭遇します。

番組放送時間を気にするためだけに焦るような生活習慣や言動を改善しないまま放置するのは決していいとは言えません。

目当ての番組が終わっても消さずに「テレビが言い放つままにチャンネルもそのまま」なんて悪習は最悪の時間泥棒です。

オタクのぼくでもノーテレビライフは実現できるし、その方がランニングングコストも下げられる

時間泥棒のために時間を浪費させられ、ムダに財布のひもを緩められるのは実に馬鹿らしいと思いませんか?

いっそ、テレビの視聴習慣を廃止しませんか?

脱出するには?

ネットの力をフル活用して削れる無駄を削ろう!(無駄を放置するのは良くない)

ネットスーパーや食材宅配を使えば、スマホ片手で買い物ができるし、配送時間を指定できるから本当に時短に貢献してくれます。

置いて無いものについてはAmazonなどで補えばいいでしょう。

それに、テレビの役割もAmazonなら十二分に代わりが務まります。
テレビを解約してAmazonに担ってもらえば325円/月(実質)か400円/月まで費用すら抑えられます。

現金主義の脱出もすごく簡単ですし、楽天カードと組み合わせれば普段の買い物で使ってもポイントがたまるぶん現金よりお得に使えます

イッキに時短×キャッシュレス生活を読者様の「我が家」の常識にしましょう。

 

おわりに

現金主義と過去の成功例への妄執が次世代の後継者の没落を招く。

テレビを見る習慣があり、毎日スーパーに足しげく通い、毎度レジの列に並んで時間を浪費する。 それが日常になれば子供にもその習慣はつきます。

時間を浪費することに何の疑問も持たなくなる習慣を継承すべきではないでしょう。
今はこうして検索すれば日々の作業を合理化する手段はいくらでも見つかる時代です。

無駄を感じたら検索することを習慣にしましょう。
余計なことのために煩わしい思いをして時間まで浪費するために悶々としていられるほど、ヒトの寿命は長く無いのですから。

生活を合理化したり、みんなと違う方法を取るということに冷たさや戸惑いを感じることもあるでしょうが、周りを出し抜くとは元来そういうものです。

埋もれるということは社会に認知されなくなるということでもあります。

ただの一部品として消耗を強いられ、人間ではなく木石そのものと何ら変わりない物体になっていきます。
みんなと同じであるために支払う無駄に対して無頓着であるためだけに。

もし、生きてる実感を手放したくないのであれば「みんなと同じ」ではなく「みんなより1歩でも前に進む」を意識して暮らし、ためらうことなく無駄をことごとく削りましょう。

すぽんさーどりんく


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