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餓鬼地獄を見たてーとくが自殺の方法に餓死を推す理由

死ぬ前に本能の声を聞け

バリピでもなく喪男でもなく、会いたくて震えるでもなくコミュ障でもないリア充オタク、重オタクブロガーのとも提督です(・ω・)ノ

とまぁ、こんな具合で生命の危機を感じながら書いてます。
学んだこともかなり溜まってきましたし。

すぐに死のうとするな。死んだあと絶対後悔する。

本能は生きるか死ぬかを問いかけてくれる。理由探しにつきあいながら

すぐに死ぬ前に自分の本心とくらいきちんと向きあえ、とぼくは声を大にしていいたいです。
もちろん、自殺しようとしてる方もちょっとくらいは悪いけど、もともと悪いのはそんな状況に追い込んだパワハラやらセクハラ、いじめ、価値観の過剰な押し付け、暴力を浴びせて来た人たちです。

ぼくとしてはぜひ本物の悪人が笑うような結末なんてできる限りつくらないでほしいです。

ぼくはこのブログ飯企画でちょっとした地獄を見ました。「#てーとくのブログ飯」の履歴を洗えば死に向かうということがどれほど凄まじいことなのかを垣間見ることができるかもしれません。

それに、今スグ死ぬのではなくゆっくり死ぬ方法でも対話をする相手はあくまで自分自身です。
せめて死ぬことが心の底からの望みなのかをじっくり自分と語りあいながらでいいのではないでしょうか。

【告知・条件設定】ブログ飯企画・打ち切り!?

ぼくは信頼を失ってでも這ってでも生きたかった

支援がなかった場合本日、2017年7月9日23:59をもってブログ飯企画を打ち切りにすることをここに発表します。→支援あったので撤回。続行します。

ですが、今回の危難が祓えたからと言ってそのまま放置するわけにもいきません。

Twitterにてブログメシ画像をうpしてから36時間以内に支援がなければ打ち切りを決定するという追加ルールを付加します。

理由は、単純です。
「死んでしまう」「気が狂う」「ブログ書けないのは嫌だ」という3点です。

確かにVALUは信頼のサービスで、この先10年の信頼も今、命を落とそうと落さないと守れないのであれば攻めて命だけは回収したいという考えに思い至りました。

打ち切り決定の折は回収はしたものの「賭けた」ことは「賭けた」のでどうかこれで堪忍してもらえれば幸いです。

応援してくれた方は申し訳ない、そして見守ってくれてありがとう。

続けられればうれしいし、中断になっても死ぬよりはマシだから。

 

餓死は公衆衛生の観点から見てもいい手段

不退転の覚悟なんてそんなに良いもんじゃない

みんなは「不退転の英断」みたいな言い方で「後に引けない状況に追い込む」ことをやたら美化するけど、そんなのがカッコイイ場面なんて創作の中だけです。

そんな人ほど「後に引けないところまで自分を追い込む」がどれほどヤバイ言葉なのかぜんぜんわかってません。
ぼくは後に引いたようなものですが、それでも十分なヤバさを経験しましたよ?

そこら辺の有象無象から言われた「自分を追い込め」なんて言葉は無視していいのです。

少なくともぼくは「死んでも言わない言葉リスト」に「(お前/自分)自身を追いこめ」を加えるとたった今、決めましたから。

それでも死ぬ方向に持っていきたいという方にぼくは餓死をオススメします。

夏場の自殺は公衆衛生の観点からすごくよくありません。
したがって、一番そういった被害を最小限に抑えつつ進むも引くも自分自身と対話しながら選ぶことのできる方法を選ぶ必要があります。

電車に飛び込むのが悪な理由も含め、詳しくは「俺式自殺典範」に記録してあるのでどうぞご覧ください。

餓死が衛生的な被害を最小限抑えられる理由は、命が尽きる瞬間をある程度予測を立てながら、死体の回収を依頼することができる点(SNSやメールの予約投稿機能などで)

回収作業を楽にするのも死に行くものの務めだとぼくは考えていますので。

 

生きることを選べば本物の修羅になれるかもよ?

地獄を見れば強くなれる。

ぼくはサイコパス予備軍っぽいので多少「常人の価値観から逸脱している」かもしれませんが、参考になれば幸いです。

そもそも常人の価値観なんて守るほどの価値はそんなにないのではないでしょうか。
自分を苦しめて貧しくする以外は特に役に立ちませんし

それに、自分を苦しめた悪人にとった最も苦しい思いをさせる方法は自分が幸せになることです。
時間をかけて苦しませるためにしてきたことが全部水の泡になるんですから。

それが一番効果のある復讐方法です。
誰だって掛け金が戻ってこないのは死ぬほど悔しいし、ぼくだって「打ち切り予告」をしてでも賭けた命を賭場から強奪したんですから。

世界は広いです。 世界が広いのなら常に思考もまた広くあってもいいんじゃないでしょうか。
ルールを守るのも大事ですが、破ることも視野に入れながら考えるということも必要です。

ルールを悪用して自分をつぶしにかかるモンスターどもに対抗するには必須といえます。

これを餓死の隣で寝て、餓鬼地獄を枕に眠るという経験をしてこれを学びました。

世の無情を正しく理解し、修羅になって強くなるという着地点が自殺という一つの流れの中でベターな着地点だとぼくは考えます。

 

おわりに

世間の常識のために失われていい命など存在しない

世間の常識のようなものは誰かがぼくらを飼殺すために作ったものにすぎません。
しょせんは人工物でしょせんは移ろっていくもの

この世はしょせん弱肉強食です。 強者が弱者を好きなように嬲っていいように弱者が強者を目指してダメな理由なんてどこにもありません

自分の命なぞ強者におとなしく喰われるだけの命だと主張されるならそれもまた結構です。
そんな人を救う気持ちは毛筋ほどもありませんが、ぼくはそんなの嫌なので常識を足蹴にしながら強者を目指します。

死ぬよりは修羅になる方が絶対いい選択肢だとぼくは保証します。
一番いい自殺の方法は確かのせましたが、それでも死ぬなんて言うのは勿体ないと声を大にして言いましょう♪

すぽんさーどりんく


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