【親≠全知全能】子供が神ですら全能ではないと知っておくメリット

親とは神のことなのか

確かに、親とは子供にとって創造主であり神というにふさわしい存在かもしれません。

ただし、人の身で神を演じるには限界があるのもまた事実。

永遠に誰かにとっての神様としてふんぞり返るような振る舞いはお世辞にもスマートとは言えません。

親はもっとスマートに振る舞うことを考え、子はもっと素直に生きていいんだ、というお話をこれからしていきましょうか。

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  1. ハイテクで財産を守る権利は遠慮なく使おう。心と体を守っていいのと同じだから
  2. 身や心を守っていいように、店に行かなくても名店の味を楽しんでもいい
  3. キャンパスライフも、ぼっちで楽しむ権利がある。
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親が全能であるのは子が小学生になるまでだ。

自律して楽になれ。自律させて楽になれ。

「笛吹けど踊らぬ」

コレにいらいらする人は多いでしょうが、子や部下、取引先など最初から踊らぬものだという認識であれば親も気が楽です。

確かに、片付けや勉強の習慣は教え込むべきものかもしれませんが、まずは爆発するまで本人が悩むという段階は必要です。

その延長でノウハウ飢餓状態になってから教えたほうが変に先回りするよりも知識の吸収効率・実践までのスピードが高い。

子供なんてのは依存心の塊です。

最初は「やってくれ」としつこく依頼してきますがテコでも応じず「自分でやるからやり方を教えやがれクソオヤジ(BBA)」というまで待ちましょう。

時間が無ければGoogle先生に任せましょう。
あれほど効率よく知識をつけてくれる家庭教師はないですからねw

そうすれば、「自立した方が効率いいね!」という感覚を会得し、自発的に物事に取り組む姿勢が身に付きます。

これは子供だけでなく大人にも言えることなので「教育」全般に使える極意ともいえましょう。

ぼくも今、必要性に駆られて作画についてがむしゃらに調べながら試行錯誤してますからね。

クレクレ厨や「自分が何をしたいのかわからない」若者がはびこるのも日本の伝統的な子育てのやり方が無関係とはいえないでしょう。

強制的な従属と親による先回り、依存の推奨成分が日本の家庭教育はあまりに強すぎますからね。

 

親にだって教えられぬことがあるのに見栄を張るのはいけない

見栄を張らずGoogle先生を家庭教師につけよう

自分の時間を子供に投資するという考えは決して間違いではありません。

駄菓子菓子、ノウハウのダウンロードという作業において人はGoogle先生ほど効率的にはできません。

人間の限界を超える教育者はGoogle先生であるとハッキリ認めた方が子供もすばやく道理を理解できるようになります。

周りの前時代的価値観に染まりきった家庭の子供よりもね。

親が教育で手間を惜しまずやるべきことは手足の無いGoogle先生でも伝えきれない部分を補佐するだけでいいのです。

親をしていようが親自身にだって自分の人生があります。

自分の人生が生きられないストレスに縛りつけられれば、その姿を見た子供は大人になることを絶望し、下手をすれば自ら命を絶つでしょう。

 

尊敬も福利で「後から」得るべし

陰キャのモテ道オンステージ

アメリカ大統領が錯誤したレベルのことすら多くの人はすぐ忘れる。 ぼくはミリタリーオタクでもありますが、歴史オタクでもあり…

見栄なんてものは「ジジババになってから子供のために人生費やしたのに子供に裏切られた!」とか喚けばその瞬間に崩壊する程度のもの。

苦労して守ることになるものとしてはあまりに脆いもの。

見栄を張るより投資効果の高い選択や効率のいい選択を続けるのに越したことはありません。

一貫して「肉を断たせて骨を断つ」姿勢を通していれば子供に洞察力が身についた時、尊敬は複利でついてきます。

今すぐ尊敬と服従を手軽に得ようとして意地汚いことをするからしんどいばかりの子育てになり、子供も前時代的な教条主義に染まるのです。

[su_box title=”まとめ” style=”glass” box_color=”#000080″] 誰得とは何か?について考えて無駄を避け続けることほど有益なことはない。
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神ですら万能ではない。

日本に八百万の神が住まう理由

富を守る稲荷神、書物を守る猫神、貧乏神から学業成就の天神さん、武芸の神梵天に球技の神など日本にはいろんな役割を持った神様が存在します。

例えば、野々宮神社に行ってバレーボールの必勝祈願なんてしますか?

同じ京都の市内にあるのだからバレー選手としての栄達を願うなら白峰神宮に行きますよね。

ぼくだって数学や物理を教えてくれと言われたら「頼ってくれるのは嬉しいが答えられん」と言うしかありませんからね。

相手を心から思うのであればその分野で優れた存在を紹介するのが人の道というものでしょう。

一方で西洋や中東ではイエスであったりデウス、ヤーヴェ、アッラーという全知全能の神がいます。

この場合なら「ぼくも神様じゃないからね。専門家か神に教えを乞うてくれ」とそれはそれで気楽に言えます。

神のもとに人は平等という考え方でも日本チックな理解でも人間そのものが親であれ子であれ長幼男女関係なく万能でないと認識することが大切です。

そもそもそんな例えを使わずとも男だけでも女だけでも子供は生み出せませんからそれで十分理解できる程度のことなんですがね。

世の中には一人の人間そのものが万能ではない例であふれているにもかかわらず人は誰かを従わせるために虚勢を張るような形でつい欲に屈服してしまう。

そんな道理を無視した言動をする者を「外道」というのだと認識し、原理原則に従う。

これが人の身で尽くせる精一杯のベストなのではないでしょうか。

[su_box title=”まとめ” style=”glass” box_color=”#000080″] 人は平等でもなければ万能でも、まして全知全能でもない。
親だろうと先生だろうと関係なく、万能を演じた瞬間ソイツは外道になる。
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親の反対が絶対の意見じゃない

【金銭・健康・恋愛】実家ぐらしの三重苦

自分の意志や尊厳が傷むだけの場所が実家ならそこは長居するだけ無駄な地獄だ

黄祖に使えていた時代の三国時代の呉の名将・甘寧がごとく惰弱な君主に有能な臣が使える状態を消耗と呼びます。

未熟な親に抑圧されるばかりの状態もまた消耗と呼ぶにふさわしい状態であるとぼくは思うのですがいかがでしょう?

自立心を折られて依存心ばかり増長させるしかない空間に人がいる意味などありません。

言われたことをやるだけなら犬でもできますからそんな人材はいつ淘汰されてもおかしくないとぼくは思うのですがね。

 

【るろ剣】斉藤一の名言に学ぶ乱世(現代)の生き抜き方

確かに、人はとかく暴力に弱くその統制下ではただただ生きることが目的となり、誇りも尊厳も失うものです。

教条主義に盲従して消耗を受け入れると言うならその選択もいいでしょう。

「犬は餌で飼える。人は金で飼える。だが、壬生の狼を飼うことは何人にも出来ん!」と言えるくらいの気概にこそ価値がある時代であることは確かです。

ただ生きるだけなら家畜同然。
誇りも尊厳も必要ないですが、そんな人生で満足ですか?

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”tm.jpg” name=”てーとく”]俺は嫌だね。[/speech_bubble] お漏れの信念を貫けなかったものなど生きていても死んでいても惨めなだけですからね。

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”m1kn.png” name=”女性読者”]容赦ネーナ・・・[/speech_bubble]

おわりに

人の言うことを聞くためだけに生み出された存在が滅ぶのは当然

そんな弱々しい異民族がいるならさっさと征伐してそいつらの家系の遺伝子情報をソッコーでこちらのものと書き変え、文化も滅ぼして完全に吸収しますね。

時代が時代ならぼくがどこぞの部族の長ならそうしています。

もし、日本人がそのような人間ばかりに成り下がってしまったならそれこそ日本ほどおいしいスコーンもそうそうない状態になるでしょうね。

家単位で考えても充分そういったリスクに備えるためにも日本の伝統的な教条主義を是とした教育をオワコンとして処理した方が合理的でしょう。

 

教条主義に染まりそうな人に喝!

世代を経るごとに惰弱になる存在を見ればこうも言いたくなる気持ちがわかるのはぼくだけでしょうか。

もっとも、さすがに動乱までは起こそうと思いませんがね。面倒なんでw

ただ「子供だから」と言って「親が言った・反対した」とさらに言い訳を重ねるばかりの生き方は本当に見苦しいです。

「誰が禁じた」なんて重要要素でもなんでもありません。

大事なことは徹頭徹尾「てめぇはどうしたいか」だけ。

副次的にモテ効果もつくオマケ付きの「幸せな人生の作り方」はここから生まれるもの。

常識や人の喚き声は少なくとも「幸せな人生」に必要ないものです。

万能になる必要もなければ、親の目先の願望をかなえるだけの道具になり下がる必要もない。

自分といういち個人として健やかに強く生きることをもっと考えましょうよ。

せっかく命という資源がここにあるわけですから。

すぽんさーどりんく


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