恋愛合理化

束縛は治せる!~元束縛男子が語る束縛のメカニズム~

2018/06/21

束縛が悪いのはわかっちゃいるけど・・・←めっちゃわかる!

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辞めたいけど辞められない「束縛」

束縛はする方も苦しいよな!

彼女から、試用中のマッチングアプリのメッセ欄から、知恵袋等からよくこんな話を聞く機会が増えた気がします。

ぼくも元は束縛する人だったのでその悩みの治し方も辛さもよくわかります。

悪いとわかっていてもつい束縛をしてしまう。

けど、それは常識を重んじ、正しさというものについつい縋ってしまう日本人なら仕方がないんですよね。

そんなわけで、相手を苦しめていることを理解していても辞めたいけど辞められず、する方にとってもされる方にとっても煩わしい「束縛」についてお勉強していくことにしましょう♪

 

束縛は治せる←結論

【目指せ改善!】重い男の特徴と脱出法

ぼくも元は束縛しまくってたヤンデレ男子でしたw

「今何してるの?」って鬼メ(当時はガラケー全盛期)して鬼電もした(5分おきにコール。さすがに256回もヴぃんヴぃん鳴らすことはなかったけどw)。

ドタキャンとかに対して「常識ないんか!」「社会人なったらマジでヤバいで?」と悪鬼羅刹のように責め立てたこともあったし、高価なプレゼントを贈って苦笑いされたこともありました。

ですが、万能の解だと思い、縋ってきた「正しさ」はぼくの愛を届けてくれることはなく、付き合った歴代の彼女たちは1年、9か月、3か月といった風に次々と期間を短縮しながら別れ、離れていくばかりでした。

1日とか3時間とかを除いて4回も同じことを繰り返してさすがに「これはおかしい」「決定的な欠陥があるのでは?」と思うようになり、いろんな本を読み漁りました。

勉強の結果、知りえたことをざっくり言ってしまうと、「正しさ<相手がどう思うか」、「信じると知るは全く正反対のもの」「自信がないから自分さえ信じられない」、「信頼すると心も体も楽になる」ですね。

束縛とはこれらとは全く真逆の方向へ突っ走る行為だったことをぼくは勉強によって知り、方針を変えることができたのです。

Why?束縛したら振られた~相手の気持ちになろう~

束縛は暴力と一緒。されると辛いし別れたいし逃げたくなる

束縛って暴力と同じなんですよ。
性質としては拉致監禁と同種の苦痛ですね。

束縛って、監視され、注文もしていないダメ出しを延々と聞かされ、時間を奪われ、自由をはく奪されることですから。

そんな体験ってブラック企業やブラック部活で嫌というほど経験できるのに恋愛でも同じような目に遭うとか地獄以外の何物でもない。

目の前に地獄が出現したら誰だって裸足で逃げ出したくなります。

新幹線殺傷事件の時だって殺害された梅田さん以外は全員逃走しましたからね。
程度の大小はあれども正しいとか正しくないとかを超えた話なんです。

よって、束縛という名の地獄が目の前に現れた時、人は逃げ出したくなって「別れたい」と告げたり振ったりするという憂き目を見ることになるのです。

まとめ
苦しむためだけにある恋愛、卒業しませんか?※ただしドMを除く

束縛の原因「自信のなさ」「正しさ万能説」

【自信がない】あなたの人生がクソゲーなたった一つの理由【社畜まっしぐら】

束縛を治すということは勇気を何かに着けて要求される、ということでもある

束縛というのは、相手を信じることができないからついやらかしてしまうものです。

確かに、親密になって日の浅い相手を手放しで信じるというのはとても難しい。

ですが、ハードルを上げているのは「相手を信じる」だけではなかったりするのですよ。

日本社会で生きるということは集団生活への適応を地味に強要されながら日々をを過ごすことでもあります。

集団生活とは「出る杭は打たれる」世界なので、結果を出すことも怖いし、自信満々に振舞えば「あいつチョーシくれてる」と後ろ指を刺されるリスクを背負うことに繋がります。

自分を信じられないのに相手を信じられるわけもなく、自分を信じるということさえ異様にハードルが上がっている世界を生きてると考えれば、相手を信じるというのがいかに難しいかは簡単にイメージできませんか?

それに、自分に自信を持つためには自分第一、他人第二くらい明確に自分のことを優先するのが望ましいですが、日本社会だと「そうは問屋が許さない」と言わんばかりに他人のことを自分以上に優先しろと強要されがち。

「正しさ万能説い忠誠を誓え」という同調圧力に屈しないだけの強さがないと束縛に頼らないことには恋仲を維持することも快適な恋愛もとても難しいのです。

まとめ
まず、自分を信じないと話が進まないが、その時点でハードルがあまりにも高すぎる社会(=束縛が頼もしくなる社会)をぼくらは生きている。
自分勝手さを過度に責める社会をぼくらは生きている。

束縛の治し方

自信を取り戻し、もっと自分勝手に生きることを認めよう!

束縛という行為はモラハラになる一歩手前かモラハラになってしまっているものです。

正しさに縛られ、縋っておきながら、犯罪を犯すという正しくない行動に手を染めてしまうというのは不幸以外の何物でもありませんね。

束縛さえ、ナンボ正しいことを言っても自分勝手な行動という範囲から逃れることができないのです。

正しさにがんじがらめにされたところでしょせん自分勝手であるというならもっとお気楽に生きることを考えませんか?

「デート?気乗りしないからパスで」だって全然おkですし、他の異性の友達と遊ぶのだって個人の自由ですし、ブログのために恋人に使う「べき」時間と見なされる余暇をリサーチ活動やブロガーの集まりに充てることもあります。

彼女もそれを認めてるし、ぼくも逆のことをされること認めていますがそれが居心地の良さにつながってるし、「居心地がいいポイント」という実績が積み上がっていくこともうすぐ4年。

これも、自分自身をちゃんと信じてあげられたからぼくはできたのだと自負しています。
認めてくれたことに感謝もしてますし♪

彼女ができるまでは勉強やyoutubeの動画作成といった活動でめきめき自信を付けていってたし消費的な娯楽よりも優先できる活動にのめりこめばのめりこむほどその人自身が輝いていくという体験もしました。

「自分の世話=ブログ>彼女>リーマンとしての仕事」というヒエラルキーを確固たるものとし、束縛をぼくは手放すことができたのです。

 

おわりに

自分で「なぜ振られた」を考えながら経験を積むと治せる

束縛というのは学習と実践による改善とその積み重ねによってのみ改善されます。

「日本で居心地の良い恋愛をする」という難しさを構造的に理解していないと勇気をもってそれに立ち向かったり反抗することも難しい。

あとは義務や正しさが万能ではないということを見抜く目も大事ですが、それに基づいて判断を下すだけの勇気がやはり求められます。

ぼく自身、こうして書いてみると自分が自信を持って今カノとほぼ4年のつきあいを維持するって結果を出すまでに10年とか20年と掛かったのに改めて納得してしまいました。

束縛という暴力を使わないことには恋人と自分の絆を維持できないと「思いこんでしまう」メカニズムにも。

束縛は愛や見捨てられる恐怖、同調圧力への恐怖ゆえの病です。

確かに難しい話ではありますが、乗り越えればなかなか心地いい生活ができるものです。

勇気を持って治療に取り組む方が一人でも増えれば日本はもっと住みよい社会になれるのではないか?という気すらしています。

困難は多いですが諦めず、立ち向かって素敵な恋を手に入れましょう!

すぽんさーどりんく


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