他人の心配より自分の心配を。
他人のことは他人に任せとけ
自分が風呂に入ってる間、仕掛け中のジグソーパズルを同居人が無断で完成させていた。
このことに対して感謝をしなくてはならない。
これが多くの人が民主的に体現している日本の常識です。
ですが、元の攻略プレイヤーの心境はどうか。
いざ、こんな目に遭ったなら常識を疎ましく思うのではないだろうか。
それは良かれと思って行う常識的善意による行動かもしれません。
だが、常識に従ったからと言って人は幸せにならない。
他人事は他人事のままでもいい
少なくともぼくはそう思っています。
他人事にしちゃダメ?
当事者意識を持つこと自体は確かに立派です。
事実、ぼくらはそのように常識教育を施されます。
ですが、ぼくらは教わりません。
他人事にせず介入すべきものとそうでない事項の分別を。
仕事だって複数のルールブックを適応させればややこしくなる。
介入とは在来のルールのある空間に別のルールを割込ませる行為でもある。
良かれと思って介入した結果、関係に亀裂が入る、なんてことにもなります。
オヤジとぼくとインスタント麺
実家にて同じコンロを使用しているオヤジがぼくによる「インスタント麺調理作業」に介入。
なんてのを具体例に挙げてみよう。
ぼくが茹で時間を計測し、確認作業に入ろうとした頃合いで「もう少しゆでよう」と言い放った。
ぼくがゆで時間を観測しているのを無視するかのように。
わかった、と「ユー・ハブ・コントロール」の意思を載せて返答してやった
そしたらオヤジは気色ばんでその場を去った。
実に下らないやり取り。
ユーハブコントロールを自由処理するか、周りを見ていれば気色ばむ必要はなかった。
ムっとしたぼくにも落ち度はあったと言えばありましたが。
他人の作業にことわりもなく介入すればこの手のこじれは起こって当然。
芸能ゴシップという他人事
カナダに行った時、飲みに行ったカナディアンにバカにされたのが、日本人て世界で一番芸能ニュースにアクセスしてる人たちなんでしょ、こっちは中学生から環境問題の話とか政治の話を普通に話すよって言われた。調べたら本当だった。バカにされてるよ。日本人。https://t.co/sqgPyVoszB
— 村本大輔(ウーマンラッシュアワー) (@WRHMURAMOTO) 2019年6月22日
特に、日本人の芸能ゴシップへの関心は世界的に見ても高すぎます。
政治の話も他人事ですが芸能ゴシップほどではありません。
会社の同僚など、卑近な範囲でもゴシップを求めてはい回ってる節すらあります。
不倫や浮気の話を聞いて寄ってたかって叩き、時間を浪費。
日本人の場合は政治の話でさえこうなのだから救いようがないですね。
他人の罪を裁くのは当事者と司法のお仕事。
ぼくらが介入して何が良くなるのかまともに答えられる者はいないハズ。
もし、不寛容社会を悪化させてる暇があるなら。
自分のご機嫌を自分でとる練習でもした方が有意義ってもんでしょう?
他人に介入するのは受注してから
受注がなかった、だから見捨てた。
そういう姿勢であれば、介入のし時を間違うことはありません。
助力を十分な忖度のもと受けられて当然と思ってる方がどうかしてますからね。
薄情であろうと無情であろうと、むやみに他人に干渉するのは野暮の極み。
見極める目もろくに育ってないのに他人事に首を突っ込む方がどうかしています。
まぁ、みんな見る目もないのに介入ばかりしてるから
恥にならんし、仕方ないっちゃ仕方ないかもしれませんがね。
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