死にたくないけどもう生きたいとは思わない【why?】

生きる気が失せた
けど
死ぬという選択肢も保留にした。

自殺未遂を経験し、ブログという答えを選んだクズ男のてーとくです。

死ぬってコスパいいけど代償もそれなりに必要なんです。

「生きる気が失せた自分は変じゃないか?」

と戸惑ってる人を思い、この記事を作成しました。

自分もかつてはそうだったから。

ぼくも常識人を目指してから回り、絶望のどん底に叩き込まれた身。

それにぼくはクズさえ自称している。

どんなふざけた理由であっても
どれだけ常識外な内容でも
ぼくが受け入れられなくても

記事とブログが受けてくれますので安心して読み進めてくださいませ。

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生きたくないが死にたくないを超える?

ぼくら人間は生存本能を備えたれっきとした「いち生物」です。

しかし、生存本能に反逆して自殺に走る個体がこの日本で減少する気配ゼロ。

それも、老い先みじかいご老体ではなく若い個体ほど。

生存本能すら超える絶望が若い世代を中心に蔓延っているし、ぼく自身もまだ毒されています。

いい死に方があればぜひとも実践したいものですね。

なぜ、若い人ほど死ぬという選択をするのか

一緒にこの謎を解明していきましょう!

 

死にたくないを超えたぼく

ぼくもかつては死にたくないと心の底から願う真っ当な生物でした。

ですが、自殺という選択がすごく魅力的に映り、試みたことがあります

不幸中の幸いで、
五体満足で生還できましたが。

超がつくワープアで結婚も絶望。

陰キャでオタクだし大してイケメンじゃないからもう恋も望めない。

運良く恋できたところでその先を描けない追徴課税まで見えてた。

望み通りのクルマに乗れたとこで
人生終わりにするのが最善。

そう思ったとき手放せたんですよ。

「死にたくない」って気持ちごと生きる気力を

特殊な環境ゆえ転職って手札が使えないせいで今も苦しんでますし。

 

死にたくないを「読書とか」で取り戻す?

他人の知恵を借りるのは有効な手。

ですが、人選ミスると不和と絶望しか待っていません。

ですので、書籍やブログを駆使するのです。

書籍の美点はそれなりの実績を上げた猛者ならではの知恵を1000円かそこらで買える点。

ブログもブログで真心と野心をこめて書いた力作ぞろい。

ネット経由の素早い最適解へのロード
ぼっちでも相談できる

ってのも魅力。

そしてどちらもあなたの思いを受け止めるし、否定もしない。

検索欄にどんな罵詈雑言を書き込もうと受け入れられる。

なのに有益な情報をもたらし、
解決へと導いてくれます。

人を捕まえるだけが
「悩み相談」ではないのです。

 

生きたくないのは甘え?

YESという人は確かに多い。

ロク思考しないで
常識に従ってるだけの
人間もどきどもでは

その程度の答えしか
導き出せない。

むしろ、構造的欠陥やら様式美とすら言える「必然」

「死にたくない」を「生きたくない」が超えるくらいに世の中は病んでいます。

こんなロジックに気付けんバカばっかで
それで美味しい思いしてる奴らが多い
だから自殺者が減らないんだよ
と、声を大にして叫びたい。

甘えとかのたまう馬鹿どもの言葉に気を病む必要はありません。

ただ規格外ってだけの話ですし、
規格外が進める道はちゃんとある。

むしろ、あなたの感じた違和感こそ極めてまともです。

 

出来ることなら死にたくないよね?

生きたくない

その願いは、
死にたくないって本能が失せるほどの
絶望しか見えなくなったせいで

発生するバグ。

その絶望さえ超えられれば生存本能は復活するのです。

あなたがあなたとして生きる権利
人間としての尊厳と存在意義を奪われ

手足だけを求められ、その為だけに命を削ることを強いられるような。

幸せにあなたらしく生きられる環境

奪われた幸福追求権と人間の尊厳

結局、ぼくは取り戻す道を進みました。

死と引き換えにする代償(苦痛)があまりに割に合わなかったので。

 

生きたくないからわかること?

宝くじや競馬でひと山当てれば億万長者だよ?

「生きてりゃそのうちいいことある」
って言葉はこれと何ら変わらないから。

だけどそれが自殺に効くと勘違いしてる人ばっかで反吐が出ますよね?

死ねば手堅くチャラにできる。
「これから降りかかる一切の不幸」を。

違約金がわりの痛みとこれから受けられるかもしれない幸福を受ける権利を生け贄に。

一方、生きる選択に「これほどの手堅さ」は存在しない。

そういう前提を無視した説得がどれほど無力かをぼくも思い知っている。

だからこそブログが書ける。

切羽つまった人の気持ちがわかるから
「手堅い方法を提案しよう!」
と努められる。

「生きたくない」をも超えたクズだからこそできるし理解できる!

生きる気力を手放したてーとく【復習】

 

なんで生きたくない社会に?

学校教育、家庭教育、常識教育、道徳教育

教育という名の洗脳を避けにくい環境だから。

子供のうちから洗脳すれば、国単位の人数を支配できますからね。

マクドナルドなどは巧妙ないい例です。

プレイスペースとハッピーセットで子供から通う「習慣」を作り

立地とドライブスルーと安さで大人になってもハートキャッチですから。

作ったものが勝者で
盲従する側は敗者
移ろいゆくし編集だって出来る

それが、多くの人が理解すらできてない常識というモノの本質です。

会社や役所という
他人への従属が常識化してる日本で
生きる気が失せない方がおかしい
のも道理なのです。

 

死にたくない、って叶わない願い?

📝answerまとめ

  • 学校教育だけをアテにすれば100%死ぬしかない
  • 常識が過大評価されすぎて自学自習すら難しく
  • 生きる気力が失せて当然の社会構造ゆえ

なので、8割がた叶いません。

計画通りに使い潰され
計画通りに
絶望しながら死んでいく。

宿命に限りなく近い日本の若者の運命です。

親や友達に反逆して出も自分を押し通す

日本で真っ当に生きるには
それだけの妄執と狂気が必要です。

しかも、実行もしなくてはならない。

それが出来ないなら遅かれ早かれ若死にするのは宿命です。

偉いジジババの糧になることを受け入れ
常識に殉じた方が楽かもしれません。

死という選択はそれだけコスパが良いのも事実なので。

死という選択が良コスパになる病んだ社会

 

VS生きたくない【処方箋のご案内】

今のパートナーと一緒に入る限り付きまとう待ち時間が辛い

一人旅をするたびに不運すぎて隣室の喘ぎ声に悩まされて嫌すぎる

そんな悩みでも、このブログの検索窓に打ち込んでみてください。

恋や仕事、自分の力不足の他にも
あなたの「生きたくない」に刺さりそうなのが
1つは見つかるはず。

このブログには1400ほど、この記事を書いた時点で情報があります。

どんな記事が詠まれてるかはわかりますが、

「誰が」読んでるかは
ぼくにすらわかりません。

恥ずかしい内容でも相談できるのがブログのイイところだとぼくは思うのです。

答える保証はないですが、質問箱も設置してますのでこちらもご利用ください。

すぽんさーどりんく




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